2019年 10月 22日
陸前高田2011.06.29
東日本大震災津波伝承館(HPこちら☆)が併設されています。
大きな地震、津波、台風や水害…
「想定外」の天災に、今、生きているわたしたちは、絶句し、胸を痛めるけれど、
それは、実は何度も繰り返されて来たのだと、
しかし、それを、いつしか忘れてしまうのだと、展示を見ながら思いました。
今回の津波の大きさは「想定外」だったけれど、津波自体は繰り返されている。
今回の台風の大きさは「想定外」だったけれど、川の氾濫は繰り返し起こっている。
自然を、人間に従わせることはできない。
数十年に一度、またきっとやって来る天災に対して、一番大切なのは、
「知る」ということ、想像すること、共有することなのだろうと思います。
以前にも書きましたが、東日本大震災の前々日、9日に、わたしは三陸宮古にいて、
その時、小さな津波があり、道の駅が休館になっていました。
わたしとナオキは、津波なんて来ないだろうに、お休みしてしまうんだねー
のんびりしてるね、今日は早仕舞いでもう家で飲んでるんじゃないか~などと、
他意なく、ケラケラ笑い合いました。
その場所は、翌々日、津波に襲われ、車がぷかぷかと浮いて流れ、
近辺の家は瓦礫になってしまいました。
東京出身のわたしと、内陸盛岡のナオキは、津波について、無知だった、
もし、その日に大きな津波が来ていたら、それとも、2日後のその場所にいたら…
今度、津波の心配がある場合には、わたしは、大急ぎで逃げるでしょう。
また、台風など、他の天災に対しても、それ以来、考え方が変わりました。
若い頃には、台風の海を見に行こう!などと言っていた、
でも、危険と隣り合わせになっていることに気付かないままでいられたのは、
単にラッキーだったから、そして、そのラッキーが、いつまでも続くと思ってはいけない。
知るということは、思っているより難しい。想像することは、もっと難しい。
でも、自分が被災して初めてわかるのでは遅い。
自然は大きく、わたしは小さいと、あらためて思います。



2011年6月29日、陸前高田の写真です。
日没間近の光のせいもあり、不必要に感傷的で、伝わりにくいかと思いますが、
この場所は、海でも湿原でも瓦礫置場でもない、賑やかな町だったのです。
地盤沈下もあり、陸前高田の被害は、とても大きかったのですね。
今回、ここへ来るまで、同じ県内に住んでいるわたしでも、
まだ、町は再建の途上だと知りませんでした。
いや、知識としてはある程度知っていたけど、よく行く宮古などと比べて、
え?まだ工事中なの…と、驚く気持ちが大きかったです。
被害の大きさもあるでしょうし、陸前高田は、土地のかさ上げも必要だし、
また、海側にはコンパクトな市街地、山側の高い場所に住宅地というような、
今までと違う町作りを選んだために、時間がかかるのかと思います。
一方、県内では、津波を防ぐための堤防が、今回の大雨でダムを作るような作用をし、
ようやく新築した家を、再び失った方々もいらっしゃいます。
難しいことばかり、選択に迷うことばかり、でも、「知る」というのは、基本ですね。
この写真を撮った時、もう、ここに人が住むことなどないのでは…と、思いました。
けれど、再び道路が作られ、道の駅ができて、スーパーもコンビニもあります。
自然に対して人間は小さいけれど、小さい人間が営む暮らしの力は強く、
天災は何度でも繰り返されるけれど、人間の暮らしも繰り返し続いて行くのだと、
あらためて、そんなことも考えました。
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前記事にコメントありがとうございます。
お返事、
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昨日の記事にコメントありがとうございました。
yuko*さん、災害によって、色々な人の暮らしも、未来も、変わってしまったことがたくさんあるでしょうね。
神戸も、街は再建されてきれいだけど、人生変わってしまった人はたくさんいるのでしょう。
神戸の友人も言っていたけど、東日本大震災の場合は、もっと被害の規模が大きくて、だから復興に時間かかりますね。
この陸前高田の場合、土地のかさ上げも必要で、街の作り方自体を変えたから、なおさら時間がかかるのだと思います。
やらいちょうさん、進んでいると思います。でも、長い時間がかかるんですね。
yunkoさん、宮沢賢治が童話のモデルにした橋ですって。SLも走るらしいですよー
復興はしている、進んでいると思うけど、そもそもの被害が大きすぎて…時間かかりますね。しかも、最近、ほんとに災害だらけ…
shiba_yamaさん、二度とないことが一番だけど…きっとあります。伝承館にも展示されてた、何十年かに一度はあるのね。
自然の方をコントロールするのは無理だから、どうやったら命を守れるか、それを知るのが大切なんだろうね。
三陸わかめ、おいしいよね♪そうやって食べてくれれば、漁業にもプラスになるんだと思う。
アリスさん、夫さまの後輩くんが…大変でしたね。仙台も、空港まで津波が押し寄せたり、被害大きかったですものね。
陸前高田は、地盤沈下などもあったそうなので、なおさら再建に時間がかかっているのかもしれません。
でも、道の駅では、おいしそうな魚介も売ってましたよー!道路もできて来ていましたし、ぜひいらっしゃってください。
ポポさん、しょか、中々凛々しく歩いてますよね~時々、通りすがりの方に驚かれたりかわいいと褒められたりしてます~
日本自体、天災の多い国なのだそうです。たとえば、フランスなどはほぼ地震がないとか…その前提で、政治も考えてほしいですね。
にゃあもさん、わたし自身、いつも行くのは宮古などで、問題は色々あっても、復興はできていると思っていました。
場所によっては、まだ町の再建途上な所もあるんですね。行って初めてわかりました。めがね橋…実物は小さいですが(こっそり)
ラッキーパパさん、実物はちょっと小さいけど、趣ありますよね。宮沢賢治も、童話の中で、この橋をモデルに使ってます。
うーん…オリンピックが、東北の復興に寄与するとはあまり思えないですが…でも、日本全体が活性化するならプラスになるかな?
H子さん、わたし自身、いつも行くのは宮古などで、問題はたくさんあっても、ある程度の再建はできた…って思ってました。
行ってみて愕然とした…知らなければ、そのままだよね、知ることが、思いやることの土台になるんだと思う。
鍵コメさん、ありがとう~わたし、トップページとかカフェとかほとんど見ないので、教えてもらわなかったらわからなかったよ。
鍵コメさんも載ってたね!あの写真、かわいくてわたしも好きよ♪
manaさん、しょか、たいていカメラ向けると、しっかりキメ顔してくれるんですよ、うぷぷ。
他の県内沿岸の町より、広く平らな場所があって、そこに街があったので、津波に因る被害が大きかったと思います。
ほぼ元の場所に街を作り直し、高い防潮堤や堤防で防ぐやり方の町もあり、その方が再建は早いでしょうけれど、
陸前高田は、緑地とコンパクトな市街地を海側に、住宅は高い場所へ、町の作り自体を変えているので、時間がかかるのだと思います。kiiropiipiiさん、覚えてますよー!その時とは変わってしまったけど、海は今もきれいだし、養殖もしてるし、ぜひまた遊びに来て。
町全体を新しく作り変える感じですものね、時間かかるよね…わたしも、今回行って初めて、まだなんだって知りました。
しげりんさん、被害が大きいと知っていたのだけど、今回行って、改めて感じました。賑わいが戻るのはもう少し先ですね…
しょかは、いつでも、きっと希望に溢れてるんだと思う~楽しいことが、次の瞬間にはあるかもしれないもんね。
ギョンさん、知るって、基本だよね。わたしも、今回行くまでは、これほど「まだまだ」だとは知らなかったの。
知ることで、思いやることができる、また、この場所の大変さを知るからこそ、他の場所の被災にも無関心ではいられない、
ニンゲンは、力ばかり強い子供みたいな、困った生き物かもしれないけど、学んで考えることができる動物でもあるもんね。
kogechatoraさん、はい、道の駅宮守にもポスター貼ってありました。土曜日だと中々見に行けないけど、わたしも見てみたい。
しょか、か~なりふかふかですよん。冬仕様のしょかを、ぜひ見に来てください♪
私の仕事の現場は土砂崩れや道も通行止めだったり、崩壊していたり、ようやくここまで来たのに・・・また水害で・・・と悲しくなりました。
自然の力はやはりすごいなと思います。抗えないものも大きいけれど、それでも、どこかで折り合いをつけて生きていかなければならないし、たくさんの恵みももたらされて生かされていますし。そういうことを忘れてはいけないなって思います。
半年前に一ノ関に引っ越して難を逃れたこと、でも陸前高田の知り合いはあなたは運が良かったわねと言われると辛いと。
復興はまだまだだと話しておられました。
NHKホールで 日本のお祭りを開催。
陸前高田の方々も出演してました(小さな子供達も参加されて)
その数日後 あの、地震のニュース・・目を覆う程・・辛かった、、です。
yukiさん 一人の語り部となれ!
人間の再生力って凄いと思う。
というか、日本人すごいよ。
ほかの国だと、このまま廃墟じゃん。
その土地を愛し、生きていこうとする人々、愛する人を失っても尚、前に進もうとする気力と底力に
あらためて敬愛の念を示したいと思います。
yukiさん、もっともっと発信してください。



